小林利起のプロフィール

小林利起(こばやしりき)
高校卒業直後から狂ったかのように東南アジアに通う。そこで出会った在住日本人のぶっ飛びエピソードに影響を受け、自由でカッコいい大人になりたいと心底願う。

やりたいことはあんまりないけど、一緒に何かをやりたい仲間がたくさんいるので

『仲間と働く時代を創る』をモットーにフリーランスバイヤーとして活動中!!

生まれてから今日まで

生まれた日~小学生

京都府宇治市1994年12月16日に生まれる(双子で)。田んぼに囲まれた場所で、まるで『ALWAYS 三丁目の夕日』のような昭和感あふれるご近所関係を育む。
小学校入学時は身長105㎝、体重20㎏と小さめ。外に出て走り回るのが大好きな反面、一人でこそこそと泥だんごを作るタイプでした。

5年生から塾に通い始め、私立中学に向けての受験勉強がスタート!小学校4年生まで夜8時に寝て朝5時に起きる生活から反転、授業を抜け出し、塾の自転車をパクリ、小窓のガラスを割るなど

ミニ尾崎豊みたいな生活を親に黙って繰り返していました。

中学時代

中学受験の末、中高大一貫校に合格!
小学校の時には勉強も運動もそこそこ上のほうだったのに、各小学校から学力優秀者が集ったため、あれよあれよと転落、特に取り柄のない少年へと。

中学3年の時に、クラスのみんなに干されたことで、いつも一人に。
中高一貫校ということから高校生に上がって、一人で過ごすのは絶対に嫌や!!!と固く決意し、読書と笑いの勉強を始める。

1日7時間くらいYouTubeで好きな芸人さんの喋りをノートに取り続け、ウケてるところにマーカーを、喋りの間をストップウォッチで測り、徹底的にパクる作業に没頭。プロの芸人も顔負けの勉強っぷり。中高一貫校で高校受験がなかったからこそ、できたこと。

すべては孤独から脱するために

高校時代

中学の後半から取り組んでいたボクシングを、引っ越しでジムに通えなくなったことをきっかけにやめる。高校で帰宅部というノーブランド具合を恐れ、バイト探しを始めるも、持ち前の愛想の良さを駆使するも、まさかの面接7連敗。

傷心の中、おじいちゃんに誘われたことをきっかけに自分にとっての運命の国カンボジアへ。

当時16歳、周りの友達で1人も東南アジアに行ったことがないということから、世界のリアルと圧倒的価値観を手にしたつもりでいた僕は、大いなる自信と大いなる勘違いをしたまま成長していく。

バイト探しを切り上げ、たく(双子の片割れ)が所属していた、アメリカンフットボール部へ入部することとなる。

高校2年の11月に帰宅部からアメフト部への電撃移籍!!

初日の練習がきつすぎて、ゲロを吐き、退部するか半日悩む。結局、続けることを決め、アメフトが大好きにそこで真の仲間と真の忍耐というものを知る。
相変わらず勉強はできず、常にワースト20位内をキープ。

その傍らで、学校のプログラムでタイでの家建築作業や東北でのボランティアを経て、真のボランティア、国際貢献って何なんやろ?と海外への興味を巡らせるようになる。

大学時代

エスカレーターに乗ったまま、立命館大学へ入学。
そこで最初に味わったことは、がっかり

理由はシンプルに面白い人がいなかったから。

高校在学中から、学校中の不要な鉛筆やノートを集め、カンボジアの小学校に配りに行っていた、自分からすると同級生が言っていることが小さく見えた。

→はっきり言って、めちゃくちゃ天狗状態。。(笑)

その後、タイ、カンボジア、フィリピン、中国、インド、マレーシア、シンガポールなどなど

15.6か国を旅して東南アジアを中心にビジネスマンや在住者と出会う。自分もこんなカッコいい人たちになりたい!!と少年がヒーローを憧れるような純粋な気持ちで過ごしていると、自然と就職という選択肢が消える。。

特にカンボジアに惹かれ、高校3年間で2回、大学4年間で5回通うこととなる。

「俺、就職しいひんねん!!」

未来への展望もなく、こんな口をたたいている自分には厳しい意見もたくさんもらい、本当に勉強になった時期。仲良くなってくれる人と離れていく人とが綺麗に別れました。いかなる正論もやっぱ憧れには勝てへん!!(笑)

仲間たち

旅先で出会った仲間や、かねてから自分の想いに共感してくれる仲間と、講演会や飲み会イベントを開いたり、どうすれば就職せずに生きていけるだろうか?
旅や好きなことを仕事にできるだろうか?と真剣に悩み考え、「i GO」という旅人団体を創り、代表をつとめる。グッズをつくり、イベントの運営など仲間と働くための真剣勝負な毎日を過ごす。

だまされる男

好きなことを仕事にする上で、お金を稼ぐことは悪だと勘違いしていた時代(20歳くらいの時)本気で人のためになる仕事をすれば、お金なんて後からついてくる!

まずお金をかせごーー!みたいな発想はだ!と本気で思ってました。

そんな時、よくあるTwitterのDMで会いませんか?的な誘いがあり、それに乗っかり、新大阪駅で会うとネットワーク系の勧誘を受け、無知&アナログ野郎だった僕は、あれよあれよと営業トークに言いくるめられ、あっさりと30万円近いお金を使ってしまい、貯金がほぼ0円になるという事態に、、、、
大学生で30万円はきつい。。。

当時付き合っていた彼女にご飯を奢ってもらったり、お金を理由に親友の誘いを断ったりなど、完全な悪循環を生むようになります。

少年漫画で育った自分は「やば、、これ完全ザコキャラの位置やん」と焦りを覚え、お金の勉強を始めるようになります。

きっかけ☆

大学2回生くらいの時に、お金の勉強をするべくAmazonやブックオフでそれっぽい本を買って読んだりしましたが、はっきり言っておもんない。そんな時、通学路途中にあったリサイクルショップでリーバイスのジーパンが600円くらいで売られているのを発見。

ノリでメルカリに出品したところ2000円くらいで売れました。割と数秒で。

おやおや??これおもろい(笑)

僕が生きる中で一番大切にしている感覚。

ってなった僕は自転車で近所のリサイクルショップをめぐるようになります。
(車はおろか原付の免許も持っていません。持っているのはラオスの象乗りの免許だけ)

当時マクドナルドのアルバイトをしていた僕は、バイト代をジーパン代につぎ込むようになります。買って、写真を撮って、文章を書いて売る!

この作業を繰り返し、雪だるま方式で資金を増やしていくと、3か月後には150000円くらいになっていました。

お金を自分の力で稼ぐのおもしろい!ってその時初めて思いました。

その後、様々な人の協力を得ながらタイで仕入れをしてみたり、古着以外にも手を出したりしながら、現在は生計を立てています。

 

売りたいもの

ネットので販売がだいぶ板についたころ、売れるものではなく、売りたいものを考えるようになりました。

「そりゃ、やっぱ自分にしかつくれへんもんやろ」

そう考えた僕は、ブランドを作ります。手始めに自分の特技を生かしたブランド。僕には一人でできることが極端に少ないので(ご飯の炊き方も分からない)
マクドナルドの後輩の高校生の男の子を無理やり引き込み、iPhoneケースのブランドを運営。そのケースが他府県や海外でも売れるようになったことで、仲間がどんどん集まってきて、力を合わせればできることがどんどん増えて、旅ブランド「JOURNEY POCKET」を創ったり、
モノと暮らしをテーマにしたブランド「IMOKU」を運営しています。

 

生きること&やりたいこと

・常に笑いを探求する(僕にとっての一番の娯楽は人を笑わせること)
・仲間と働く時代を創る(いざ、新時代へ)
・旅をし続ける(国内外問わず、行きたいところに行けるような自分に)
・経済的余裕を持つ(地に足つけて)

この3つを目指して&心がけて日々生きてます☆
興味が湧けば、ブログに寄ってください。